2006年6月におこなわれた、ラジオ番組のためのスペシャル・セッション。それでは、さっそく映像を見てみましょう。(→前回の記事はこちら)。
ナイン・インチ・ネイルズ(以下NIN)の公式Vimeoに掲載された情報によると、映像を撮影したのはロブ・シェリダン。高校在学中にトレントに見いだされ、NINのアートワークや映像を手がけるようになった人物です。2007年に発売されたライブ映像作品『Beside You In Time』でも、素晴らしい仕事ぶりが光っていました。
予算も手間もしっかりかけた一連の作品と違い、今回はおそらく手持ちカメラで撮影しているようですが、それが部屋の雰囲気とあいまって、ホームビデオのような独特の味わいを生み出しています。急遽トレントに撮影を頼まれたのか、それとも彼がたまたまカメラを持っていたのかは定かではありませんが、とにかく、今回の映像を残した功績は大きいですね。ありがとう、ロブ!
というわけで、全4曲の演奏、いよいよスタートです。
1. Reptile - Nine Inch Nails
まず一曲目は、NINの『Reptile』。1994年発表のアルバム『The Downward Spiral』に収録されている楽曲です。オリジナル・バージョンでは「ウィーン!」「ガシャーン!」と、爬虫類(Reptile)というよりヤバめのロボットが登場しそうな音が効果的に使われていますが、今回、出だしを聴いただけでは何の曲なのか戸惑いそうなほど、シンプルなアレンジに変わっています。それにしても、この観客の少なさ! いったい前世でどんな徳を積んだら、ここにいる幸運な観客の一人になれるのでしょうか!?
歌詞をチラ見しつつもどんどん調子をつかんでいくピーターの魅力的…いや魔力的な声に、繰り返されるトレントの美しいベースライン、そして控えめながら破壊力がすさまじいジョーディのギターサウンド。すべてが重なり合って、まだ一曲目だというのに、圧倒的なエネルギーを放っています。シンプルなアレンジで余計な音がそぎ落とされた分、もともとの楽曲の美しさが際立っていますね。さて、注目は4分20秒のあたりです。すこし、曲調が変わったような気がしませんか?
実は今回、彼らは面白い試みをしていて、ここからなんと別の曲の一部を演奏しているのです。それは、ラヴ・アンド・ロケッツの『Haunted When The Minutes Drag』。1985年発表のデビューアルバム『Seventh Dream Of Teenage Heaven』に収録されている楽曲です。
ラヴ・アンド・ロケッツは、バウハウス解散後、ピーター以外のメンバーたちによって結成されたバンドです。なぜここでバウハウスではなく、彼が参加していないラヴ・アンド・ロケッツを?という疑問が浮かびますが、もしかしたらピーターの提案だったのかもしれませんね。それにしても、(筆者の耳には)まったく違う曲が、まるで『Reptile』がもともとこういう曲だったかのように、なんの違和感もなくなじんでいます。むしろ、これを聴いた後でオリジナル・バージョンを聞くと、「なんか、あるべき部分が欠けているような…」とすら感じるぐらいのなじみっぷりです。みなさんも、よかったらぜひ聴き比べてみてください。
余談になりますが、マリリン・マンソンがジョーディとの初めての出会いについて、「あるレコードを買いに行ったら、店員がラヴ・アンド・ロケッツのレコードを押しつけようとしてきた」、それがジョーディだったと自伝に綴っています。突然すすめられたレコードをはたしてマンソンが購入したかどうかは不明ですが、ジョーディ(おそらく20才頃?)、バウハウスだけでなくラヴ・アンド・ロケッツのファンでもあったのですね。その時の光景が目に浮かぶようです。「そっちもいいけど、ラヴ・アンド・ロケッツにしなよ! おすすめだよ!」みたいな感じだったんでしょうか。
さて今回の映像には、ジョーディ・ファン的には見逃せないちょっとしたアクシデントが。4分48秒あたりで、ピーターがジョーディ、というかトゥイギーに向かって「トゥイグ!」(トゥイギーの愛称)と呼びかけるのですが、呼びかけられたジョーディ、
まるで眠っているところを起こされたかのように、不思議そうな顔でピーターを見つめています。というか、声をかけられたとはっきり認識するまで、少々時間がかかっています(笑)。ヒントを探ろうとしたのか一瞬トレントの方を見ますが…
やっぱり分かりません。「?」という表情のままピーターの方を見つめた後、あることに気づいて、ぱっとマイクスタンドに手を伸ばしました。おそらくピーター、もうすぐコーラスに入るジョーディに、マイクが口元から離れていることを教えてくれていたのですね。演奏に集中していたのか、それとも意識が別の世界に飛んでいたのかは分かりませんが、「え? なに?」という心の内がそのまんま顔に出ているジョーディでした。とはいえ一連の流れの中、演奏の手がほとんど止まらないのはさすがですね。
いやーそれにしても、出だしから素晴らしい演奏でした。終盤でジョーディが使っている青く光る小さな黒い物体は、EBow(イーボウ)という機械のようですね。演奏後、観客に向かって誇らしげに両手を広げるジョーディ。
大きな拍手が起きる中、ピーターが「トゥイギー、もちろんトレント、アッティカス」とメンバーを紹介しました。トレントが「もちろん、ピーター・マーフィー」と返したため、「あはあはあは」と笑うピーター。笑い方が、お茶目ですね。
2. Warm Leatherette - The Normal
続いては、二曲目。トレントが今回の企画について説明したあと、「昔からのお気に入りなんだ」といって演奏を始めたのは、ザ・ノーマルの『Warm Leatherette』。1978年に発表された楽曲です。この曲、実はある小説をもとに作られているのですが、それは、J・G・バラードの『クラッシュ』。自動車の衝突事故に性的快感を覚える男女の姿を描いたバラードの代表作のひとつで、筆者も大好きな作品です。1996年に、デヴィッド・クローネンバーグ監督により映画化もされています。
一見バンドの名前かと勘違いしてしまいそうなザ・ノーマルは、ダニエル・ミラーによるソロ・プロジェクト。ザ・ノーマル名義でリリースされたのは『Warm Leatherette』のシングル一枚だけですが、活動時期がバウハウスと重なっていることや同じイギリス出身であることを考えると、もしかしたらピーターとも交流があったのかもしれませんね。
さてそんな『Warm Leatherette』、オリジナル・バージョンはかなり無機質な響きなので、普通なら「あまり生演奏向きじゃないのでは」と考えてしまいそうですが、そんな心配は無用でした。もはや、誰がどの音を出しているのか分からないほど息のあった四人の演奏により、おどろくほど有機的なサウンドに変化しています。
打ち込みを多用して作られた曲をライブ演奏用にアレンジする…という作業は、NINが昔から自身の曲でやっていることなので、彼らにとってはそれほど難しいことではないのかもしれませんが、それにしても、すごい音の広がりです。「Warm(あたたかい)」と「Leatherette(合皮)」という二つの単語が絡みあいながら発展していく、不思議な光景を見ているようです。専門的な知識がないので自信がないのですが、この曲、おそらく最初から最後までひとつのコードだけで成り立っているのではないでしょうか。
車のスピードがどんどん上がっていくような疾走感と、感情があるのかないのか分からない謎の中毒性に酔いしれていたら、脳が溶けそうになってきました。もうこうなったら目を閉じて、音に浸りたいですね。…いや、彼らの演奏姿を目に焼き付けたいので、やっぱり目は閉じませんけどね!
単なる曲のカバーという域を超えて、別の次元に着地させたところで演奏は終了しました。ふたたび大きな拍手が起こる中、ジョーディが、さっとギターを持ちかえているのが見えますね。
3. A Strange Kind Of Love - Peter Murphy
続いて三曲目は、ピーター・マーフィーの『A Strange Kind Of Love』。1989年発表のソロ・アルバム『Deep』に収録されている楽曲です。
トレントが「これはピーターの曲なんだけど、すごく素晴らしいんで、今回かなり過激なアレンジにしてみたよ」と紹介しているので、いったい四人でどんな演奏をするのかと思いきや、過激もなにも、原曲そのまんまです。しかも、トレントとアッティカスは演奏には加わらず、ジョーディのギターをバックにピーターが一人で歌うスタイル。というかトレント、真顔でこんなジョークを飛ばす人だったんですね(笑)。ストイックな印象が強かったので、やや意外です。
さて、ちゃっかり休憩タイムに入ったトレント&アッティカスとは対照的に、ピーター本人と一緒に彼の曲を演奏するという大役をまかされたジョーディ。さきほど持ち替えたアコースティック・ギターで、美しくも物悲しい音色を奏でています。
短い前奏のあと、ピーターが歌い出しますが、ちょっとびっくりするような声です。前の二曲に比べて歌う音が低いせいか、それとも自分の曲なので長年歌いこんでいるからなのか、歌詞にもあるように、声がまさに「宝石」のような輝きをはなっています。後ろでトレントが、リズムをとりながら聞き惚れている様子が映っていますが、いやー、これはトレントじゃなくても聞き惚れますよね!? ピーター本人は、時々ジョーディの様子を気づかいながら、リラックスして歌っているように見えます。大人の余裕!
最初に述べた通り、アレンジはほとんど原曲のままなのですが、ひとつ面白いのが間奏部分。ちょうど3分のあたりです。ここ、オリジナルでは「タラララ~♪」というメロディがキーボード音で流れるのですが、今回はピーター、楽器で演奏するのではなく自分の声で歌っています。で、こういう場合、普通「ラララ~」とか「トゥルル~」といった音に置き換えそうな気がするのですが、ピーターがチョイスしたのは、まさかの「マ」! 「ママママ~」って、ハミングであまり聞かないですよね!? 振り返れば、一曲目の『Reptile』でも間奏部分に「マ~~」とシャウトしているので、兆候があるといえばあったのですが…。なぜ「マ」なのかはまったく分かりませんが、ピーターは「マ」の音が好きなのでしょうか? それとも、この「マ」はただの「マ」ではなく「魔」なのでしょうか? ジョーディも、心なしか不思議そうな顔をしています。
疑問は尽きませんが、ここはこれ以上なにも考えず、ピーターが歌う世界一心地良い「マ」と、ジョーディの美しいアコースティック・ギターの音色に身をまかせることにしましょう。演奏後、「ギターはトゥイギー。ありがとう!」とお礼を述べるピーター。心の深いところに沁み入る、素晴らしい演奏でした。
4. Nightclubbing - Iggy Pop
あっという間に、最後の曲になってしまいました。ラストを飾るのは、イギー・ポップの『Nightclubbing』。1977年に発表されたイギーのソロ第一作『The Idiot』に収録された、イギーとデヴィッド・ボウイによる楽曲です。
あまりにも多くのミュージシャンに影響を与えたこの作品。筆者はけっこうなイギー・ファンでもあるので、「ここで、この曲を!」という感激で、もはや、冷静に文章を書くことができません。仕方がないので、どうしてもこれだけはみなさんにお伝えしたいという5つの点を、箇条書きにします。
1. トレントは、この曲をもとにNINの代表曲のひとつ、『Closer』を作った
2. ジョーディは、この曲をもとにマリリン・マンソンの代表曲のひとつ、『The Dope Show』を作った
3. トレントは、デヴィッド・ボウイのおかげで薬物中毒を抜け出すことができた
4. 2020年にNINがロックの殿堂入りを果たした際、プレゼンター役をイギーが務めた
5. その際の受賞スピーチ(→こちら)で、トレントはジョーディに謝辞を送った
ああ、書いているだけで、胸にこみあげるものが…。ちなみに2019年9月にジョーディが「The Above Ground Benefit Show」というイベントで約二年ぶりにステージに立った際、デイヴ・ナヴァロらと一緒にイギーのバンドであるザ・ストゥージズの『Search And Destroy』をカバーしていました(2021年現在、ジョーディが公の場で演奏したのはおそらくこれが最後です)。
これ以上、もう何も言うことはありません。あとは、いっしょに思う存分、彼らの『Nightclubbing』の世界に浸りましょう…! あ、もう何も言うことはないといっておきながら、ひとつだけ言いたいことがありました。それは、「ジョーディが歌うところと、(おそらく)演奏後にピーターと握手を交わしているであろう場面が、編集でカットされている」という点です’。ああ、せめてあと5秒だけ長く、ジョーディを映してくれていれば…(涙)。ロブ…惜しいよ、ロブ!
というわけで以上、悔しくも楽しい、貴重なラジオ・セッションでした。
参照したサイト:NME.com
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